ボランティアの意義ってそこにあったのか。

ボランティアの様子

ボランティアなんて継続性がないじゃんか

人のためになってるんだったら、その対価がもらえるはずなんだから、対価のもらえないボランティアって意味ないっしょ!

そんな風に切り捨てて、自分を無理に納得させていたのが、1週間前までの僕だった。それは今思えば、ボランティアに行くという行動ができないでいる自分を正当化するための、いわば、でっちあげの「詭弁」だった。

そんな考えを押しのけ、8月2日〜8月5日にかけての4日間、南三陸、陸前高田、気仙沼を訪れてきた。ご存知、東日本大震災で大きな被害を受けた地域だ。

ボランティアを始める前、こんな言葉をいただいた。

陸前高田VCの方のお話

がれき撤去なんかは、重機を使ってやったほうが、人の手でやるより早いに決まっているんです。でも、それでも、ボランティアをやる意味はあるんです。あなた方ががんばっている姿は励みになりますし、また、少しずつでも環境が整備されていく様子は、住民の方々に「明日がある!」という希望を与えるんです。

陸前高田のボランティアセンターの方が言っていた言葉だ。これを聞いて、僕はハッとさせられた。というのも、この考えは、今までの僕のボランティアに対する考えには全くなかったからだ。

物理的な、目に見えるものだけじゃないんだ。
むしろ、目に見えないものが大事なのかも。

そう思った。数字じゃ語れないところ。人と人だからこそできるもの。そこがボランティアの大きな役割なんじゃないかって。

冒頭の言葉のようにボランティアを切り捨てていたのは、僕が大学1年生の頃だ。ある本を読んで、ボランティアに興味を持ったものの、その効果に疑問を感じ、それ以来、関心が途絶えてしまっていた。

でも、ボランティアへの興味が失われた代わりに、ソーシャルビジネスへの興味が湧いてきたのを覚えている。社会問題をビジネスで解決するという手法は、ボランティアの継続性の欠如を補完するものであったし、僕自身ビジネスを学んでいる立場であったため、当時の自分にとって、ソーシャルビジネスは、直球ど真ん中の解決策であった。

ここで言えるのは、当時の僕は、ボランティアとソーシャルビジネスという両者を対立軸の上で捉えていた、ということだ。つまり、両者は同じフィールドで成り立つのではなく、ビジネスとして解決しようとするソーシャルビジネスの方が強いんだって。そう思っていた。

その考えが一変したのが、今回の合宿であった。

もう一度、ボランティアセンターの方の言葉を引用すると、

あなた方ががんばっている姿は励みになりますし、また、少しずつでも環境が整備されていく様子は、住民方々に「明日がある!」という希望を与えるんです。

そう、これがボランティアの意義なんだって。「お金稼ぎ」だとか「効率性」などということは、ここではさほど重要ではなくて、ボランティアをするっていう行動自体、僕らの姿自体に、意味がある。

一方で、ソーシャルビジネスには、ボランティアとは違った良さがある。例えば、ビジネスとして展開することで、現地の経済を活性化することができるであろうし、またお金のパワーを利用した大規模な施策を講じられるかもしれない。

ボランティアとソーシャルビジネス、どちらにもそれぞれ良さがあり、したがって、それぞれに意義がある。「どちらか」という偏狭な理屈から脱し、「どっちも」をこれから考えていきたいと思った。

まだまだ思考の時間が足りていないので、
これから、もっと、じっくりと、考えていきたい。

おわり。

by Motoki Yoshida
Twitter: @show_motto

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